2011.12 合田泰子
~ ジャン=ピエール・フリック夫妻とともに ~
11月は、9月に続いてオーストリアとドイツへの出張、そして第2回フェスティヴァンと、ふだんにもまして大忙しのあいだに、あっけなく過ぎてしまいました。
またヌーヴォーの解禁日があり、本当にめまぐるしい一ヶ月でした。今年はブドウの開花が3週間も早く、8月と9月は好天に恵まれ、いずれのヌーヴォーも大変きれいな仕上がりでした。腕達者なギィ・ブルトンのヌーヴォーは、良い作柄に恵まれたこともありますが、今年もチャーミングなだけでなく、深さのある自然な味わいがあり、大変ご好評をいただました。 いろいろな方から、「やっぱり、ギィ・ブルトンは、おいしいね」とご連絡をいただき、喜んでいます。
【ドメーヌ・ピエール・フリック】
アルザスの造り手、ジャン=ピエール・フリック夫妻が、フェスティヴァンの催しのために来日されました。11月24日の朝、関西空港に到着後、さっそく京都でセミナーを開きました。
ドメーヌ・ピエール・フリックは、1999年(前社ル・テロワールを営んでいた時代)からご紹介を始めて、早や10余年が過ぎました。当初は、栽培は有機で素晴らしいけれども、率直にいってワインは生真面目ながらやや面白みに欠けていたように思います。その点では、同じアルザスのジェラール・シュレールとは両極端なスタイルといえるでしょう。が、ピエール・フリックの、澄んでバランスのよい味わいは、確実に多くのファンをつかんできました。とりわけこの数年は、サン・スフル(酸化防止剤非使用)キュヴェの試みの進展とともに、味わいにやわらかなニュアンスとうまみの奥行きが備わり、ますます魅力的になってきたと感じています。
セミナーには、ワイン・バーとレストランの方々に出席いただきましたが、酸化防止剤非使用の醸造について、苦労と経験に基づく正確なお話をうかがうことができ、ヴァン・ナチュールについて、理解を深められ有意義な会となりました。セミナーで興味深く思われた点を、いくつかご紹介いたします。
《ジャン=ピエール・フリック談より》
質問 「なぜ、ドイツでは酸化防止剤を多用するのですか?」
答 ドイツでは、リースリング種は、プリムールのアロマ(果皮の内側にある、果物の香り)が大切だと考えている。このアロマ(果実香)は、酸化防止剤を必要量入れて醸造しないと失われるので、発酵前の果汁と醸造過程においても、サルファーの添加が必要となる。添加しても、そのアロマは2~3年で失われてしまうから、ドイツではほとんどのリースリングは早く飲まれる。他方、アルザスでは、ジュースの香りよりも、醸造と熟成から得られる香り(フレーヴァー)が大切だと考えている。この香気は、ミネラルを感じさせ、テロワールを映します。ですから、酸化防止剤非使用でも醸造は可能であり、ビン詰め時に15mg/lから25mg/lの添加で、リースリングの香を保ち、きれいな仕上がりをえることができると考えています。
質問 「なぜ、酸化防止剤を全くいれないワインと入れたワインを両方とも造るのですか?」
答 [①非使用ワインの特徴について] 酸化防止剤非使用のワインには、生命力とエネルギーがあります。他方、使用したワインには、飲み手との間に障壁が出来てしまいます。ですから、ワインは味わいを一方的に示すだけなので、飲み手は味わいをそのまま受け取るより他はありません。非使用のワインは、障壁がなく、ワインと飲み手は「感情の交換」ができるのです。非使用のワインは、ワインが生きていますから、バイオリズムがあり、日によって味わいが異なります。飲み手は、どのようにすれば、よりおいしく飲む方法を考え、手をかけなければなりません。ただ、ビンをあけて、飲むのではありません。グラスにそそぐと閉じ込められていたワインは、息を吹き返し、どんどん内に込められた要素が開き始めます。非使用のワインは、頭でなく、心とお腹で味わうものです。
[②生産量の枠について] 99%以上のワインは、ヴァン・ナチュールではないし、99%以上の人が、ヴァン・ナチュールでないワインを飲んでいます。ヴァン・ナチュールはブドウだけで造られますが、ヴァン・ナチュールでないワイン(ビオロジック、ビオディナミ栽培のワインも含む)は、酵母・砂糖・ベントナイト(清澄に使う粘土)など40種類の物質を使うことが許されているので、たやすく量産することができます。実際、非使用で造ったワインの味わいを経験し、味わいを楽しむことができる消費者は、ほんのわずかになってしまうのです。
造り手は15,000本から20,000本の生産量なら、手間をかけて非使用のワインだけを造り、販売することができますが、それを上まわる生産量(ピエール・フリックでは、60,000本)が可能な畑があるのなら、非使用のワイン以外にも、一般に流通可能なワインも造らざるをえません。ですから、私は非使用のキュヴェだけでなく、多くの方々に楽しんでいただくために、軽やかで香の美しいキュヴェを作っています。
以上は、ジャン=ピエールからお話しいただいた内容のほんの一部にすぎませんが、旅中ではご夫妻の誠実で真摯なお人柄に触れることができました。セミナーの翌日に出席したフェスティヴァンでは、純粋にヴァン・ナチュールを広めるために、レストランとインポーター有志が力をあわせて催しを開いていることにジャン=ピエールは感銘し、大いに賛同してくださいました。また、セミナーに参加された方や、フェスティヴァンの来場者が若い世代であることに、造り手として勇気づけられると喜んでおられました。本日は鎌倉、明日はラシーヌのオフィスでセミナーを催しますので、その結果を改めてホーム・ページでご報告させていただきます。
合田 泰子