『ラシーヌ便り』no. 72

2011.10  合田泰子

《合田泰子のワイン便り》

 秋の台風は各地に大きな被害を及ぼしましたが、お変わりございませんか。今年は、本当に自然災害に見舞われた年でした。 身近にも、和歌山で床上浸水や土砂に家を流された方がいらっしゃいます。罹災された方々には、心よりお見舞い申し上げます。

 厳しい暑さはようやく終わり、過ごしやすい時候になってまいりました。いよいよ、ワインシーズンの到来です。今年のフランスは、良天候のもと、順調に収穫が進んでいるようです。

 

 今月は、年に一度のラシーヌ主催《大試飲会》があります。大阪、東京の会場に、是非ご出席いただきますよう、お待ち申し上げております。

*オーストリア・ドイツ出張

 9月11日より、久しぶりにオーストリアを訪ね、続いてドイツのワイン産地を駆け足で回ってきました。事前にさまざまな情報とデータを分析し、訪問先を選んでいきましたが、現地ではワイン・ジャーナリズムに未登場の造り手が新しい世界を開き始めていました。オーストリアでもドイツでも、ヴァン・ナチュールの方向にむかって新しい動きが生まれています。どちらかといえば、オーストリアのほうが、既成概念に縛られずに「深く考える」造り手が多くみうけられ、地域全体で柔軟な姿勢が印象づけられました。

 しかしながら、ドイツワインに親しんでおられる方からは、何を今さらと思われるでしょうが、モーゼル、ラインガウの河の恵に育まれた特別なテロワールは、紛れもなく最上のワインを生み、他のリースリングの産地は及ぶことのできない特別な地であることを再確認しました。 斜度50度を超える急峻な畑での作業は、どれほど過酷な労働でしょうか。また、伝統的な栽培方法・棒仕立て Einzelpfahlerziehung(アインツェルファールエアツィーウング)は、次第に姿をなくしていっていますが、ドイツでもこの仕立て方は、エトナ山のアルベレッロに似て、全方位で陽光を受けられるように栽培されています。

 「私はアレルギーがあるから、SO2を少ししか使わない」と称する生産者がドイツにもいますが、その少しがドイツでは、私たちの視点からすると、とても多いのにたまげました。ドイツでの常識的な造りをしている所では、とてつもなく多い(おそらく、全工程で300mgを超える使用量)のが現状のようです。新世代の造り手たちは、苦労して先代の造り方と決別し、自らの道を歩み始めています。あるモーゼルの造り手のヒストリーは、父親と異なった道を選んだため、家の畑を継がずに独立し、「プヌマティック・プレスでは、理想の風味を得ることができない」ので、小型の垂直プレスで搾っています。その彼ですら、SO2は恐ろしく多く使っています。「100年前の醸造をしている」と評される彼のワインを味わいながら、サンセールのコタと同じ問題を感じずにはおれませんでした。「これだけ苦労をして造っているのに、なんと惜しいこと。ほんとうに、残念。誰か、彼にSO2の使い方をアドヴァイスする人がいればいいのに」と心の底から思いました。

 そのことについて、ビオディナミで栽培する「クレメンス・ブッシュ」のリタ夫人は、「ドイツの造り手たちは、あまりに長い間SO2多量のワインを飲んできていて、今もそれが当たり前になっているから、SO2に慣れきってしまい、麻痺しているのよ」と言っていました。 野生酵母で発酵させることは、ドイツではまだまだ少ないのですが、実践する造り手も出てきています。このことだけでも、大きな進歩のようでした。

 20数年前、(有)八田商店(現・㈱八田)にお世話になっていた時、古賀守先生と上司の黒川栄作さんから、ドイツワインについてたくさんのことを教えていただき、貴重な経験をさせていただきました。あの頃と比べ、ドイツワインは、もともと辛口ワインの産地であったフランケンだけでなく、他の地域もドライな味わいに変わってきています。 20年前、日本のワイン市場でドイツワインは、国別輸入量トップを誇っていました。かつてのドイツワイン愛好家たちの世代は変わり、ワイン市場はフランスとイタリアが主流になりました。その流れも、現在はクオリティ・ワインでさえあれば、国・地域へのこだわりは少なくなり、自由にワインが楽しまれるようになってきました。今回の出張では、「ドイツワインではなく、白ワインとして造っていかなければ生き残れない」と考え、「偉大なリースリング」 をめざす造り手数人に出会うことができました。今もう一度、ドイツワインの真価が見直される時ではないでしょうか。

 また、オーストリアでは、バッハウの新星(2007年ファースト・ヴィンテッジ)のワインに、バッハウの奥深さと高貴さを感じました。個人的関心では、オーストリア最南端のスロヴェニア国境にある、ズュート・シュタイヤーマルク地区のセップ・ムスターのワインに、稀にみる精神的な深さを感じ、感激しました。畑には、コンクリートや金属製の支柱と、針金のケーブルや止め具はなく、栗の支柱と柳の若枝が使われています。枝先はカットせず、枝は針金線にはわされることもなく自然にたれ、「こうすることが一番この畑での栽培によいと考えるから」と伝統や常識にしばられずに、独自の仕立て方をしていました。ブドウの実を食べたときに、口に広がるなんともいえない清々しさ、美味しさ、端正さは、明らかに他の畑のブドウと異なります。畑を覆う目に見えない、でも明らかに存在する精気を感じ、妖精が住んでいるかのような、畑に込める造り手の愛情が触知でき、感激で震えました。このような畑がもたらすワインは、何と呼べばよいのでしょうか、スピリチュアル・ワインとでも呼ぶのでしょうか。確かに、テロワールの高貴さは重要な必要条件ですが、それ以上にワイン造りでは、「深く考え、愛情深いこと」が重要だと実感しました。

 その後、ルシヨンを経て、アルザスのシュレールとピエール・フリックを訪問し、再びドイツへ。ファルツ、バーデンとリースリング・ワイン三昧の盛りだくさんな旅でした。本格的には来春以降の入荷になりますが、1月頃から少しずつ入荷します。皆さんのご意見をうかがい、語り合えることを楽しみにしています。

恒例:お勧めレストラン
*ドイツ・オーストリア

 今回は移動が多く、訪問を終わる時間も遅いため、レストランで食事する時間がほとんどありませんでした。オーストリアでは、よいお店を経験できませんでしたが、ドイツで、地元の滋味豊かなランチを楽しむことができました。

 ◆Weinhaus zum Krug www.hotel-zumkrug.de
住所 Hauptstrabe34 65347Hattenheim

 ワインリストは、ラインガウのみ。
新旧の重要な造り手が網羅されています。名物の牛肉の酢煮込み「サウアーブラーテン」は、艶やかなソースが食欲をそそります。
ブーダンとじゃがいもつけあわせ3種もとてもおいしかったです。
落ち着いた内装のホテルもあり、次回は、是非ここに宿泊し、ゆっくりと食事を楽しみたいと思います。

*ドメーヌ・ゴビーに教わった、ルシヨンのお勧めレストラン

 ◆Auberge Saint-Paul E-mail: auberge-st-paul@wanadoo.fr
住所 Hauptstrabe34 65347Hattenheim
住所7, place de l 'église 66500 VILLEFRANCHE-DE-CONFLENT

 ペルピニャンから西へ60km、ヴィルフランシュ・ドゥ・コンフロン村にあるレストラン/オーベルジュ・サン・ポール。

 オーベルジュと言っても宿泊施設はなく、かつて小さな教会の建物がレストランになっています。 ラングドック・ルシヨンのコレクションが素晴らしく、相談すればリスト外からでもお勧めがたくさん登場します。村には、お手ごろな民宿が何軒かあり、一部屋65ユーロで小さなキッチンがついています。コンポステッラの旅を続ける巡礼者たちに喜ばれる施設なのでしょう。

 この村は、観光としてもおすすめです。カスタイユ村カニグー山の中腹にあるアベイ・サン・マルタンの門前町というべき村で、17世紀に活躍した要塞の建築家・ヴォーバンが作った見事な城壁に囲まれています。 修道院は、麓から徒歩で1時間ほど。馬車がやっと通れるほどの狭い道路は封鎖されていて、修道院関係者の小型のジープだけが通行を認められています。麓に下りてきたとき、シスターが勢いよくジープを駆っていくのに出会いました。1時間の山登りはとてもきつかったですが、山頂からの眺めは絶景です。

 この村からミディ・ピレネの観光の目玉の一つ、トラン・ジョンヌが出ています。フランスで最も標高が高い駅をとおるこの観光列車は、深い谷をわたる鉄橋、冬はスキーで賑わう高原を1時間半で走ります。

 






合田 泰子

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