『ラシーヌ便り』no. 58

2010.07  合田泰子

《合田泰子のワイン便り》

緑のフランス
 6月22日にフランスに着き、列車で各地を移動するこの頃です。車窓からの眺めは、いちめん緑の絨毯。ついこの間までは、菜の花の黄色一色に染まった畑が続いていたのですが、ひと月ほどですっかり風景が変わっています。どこまでも続く緑の畑と森、草を食む牛と羊 ―- 農業大国フランスを実感します。

ブドウ畑は、深耕作業にもっとも大変な時期です。ティエリー・アルマンは7月上旬まで、朝4時から畑に出ています。夕方5時にティエリーを訪ねたのですが、「夕方疲れてくると寒くてね」と、カンカン照りの日差しのなかで腕をさすっています。その姿を見て、一本のワインに込められている、造り手の一年がかりの大変な作業に、思いを致さざるをえませんでした。ティエリー・アルマンの2007年は、豊かな果実味のなかに堂々とした骨格があり、ノーブルで洗練された味わいが心を打ちます。タンニンがやわらかくて、口当たりは驚くほど滑らか。ティエリーの理想とするヴァン・ナチュールの姿そのものを感じました。「もし、どのキュヴェも同じ味わいがして、個性やテロワールを感じ取れないとしたら、それは収量が多いことと、醸造方法の味わいなのだ。これは、多くの自然派が持っている大きな問題だと思う」。まさに至言というべきですが、自然派ワインに対する愛情のこもった苦言でもあります。

 すでに世を去った、ある偉大な造り手H..J.にまつわる実話を、このほど耳にしました。H.J.と家族のように親しく接していた方の、実感溢れる体験談です。「まったく同じ畑のブドウを、H.J.と彼の後継者が別々に造ったワインを味わった。同じセラーのなかで、隣同士に並んだ樽なのに、ワインの味わいはまったく異なる。偉大なワインと凡庸なワインの違いは、造り手の魂の深さにあるんだと思った。」

 ティエリー・アルマンの近作は、この言葉のように、強く私の心に響きました。ティエリーの2008年は、2007年の半分近い収量だとか。大雨に見舞われた難しい年にもかかわらず、凛とした際立った構造が感じられ、腕の冴えが光を放っています。2007年は先月入荷しました。是非お試しください。

驚きのミラノ郊外には…
イタリアはミラノの郊外に、ペレゴ(Perego)という村があります。この春に同地を訪ねたとき、なんとミラノの人たちはうらやましいかと思いました。ペレゴ村は、大都会から60kmほど北にある、自然に囲まれた静かな谷あいの村で、週末をゆっくりと自然の中で時間を過ごすことができる、いわば近場のリゾート地です。ブドウ栽培の歴史は古く、18世紀の納屋を改築したアグリトゥーリスモでは、いうまでもなく地元のワインと、滋味豊かなロンバルディーア料理を楽しむことができます。

たとえば、ブレザオーラ。出張などのおり、各地でご自慢のハムなどの加工品をいただく機会がありますが、ペレゴ村で味わったブレザオーラには驚きました。テクスチュアはしっとりとしていて、風味が深く、塩味はあくまでやわらかい。肉文化の深さをあらためて感じました。

 このような肉文化の真髄に一歩もひけをとらない個性的なペレゴ村のワインも、近々お目見えするはずですから、どうぞお楽しみに。なにしろ、イタリアはワインの宝庫なのですから。


雨の鎌倉
  話は変わって、日本。関西から東京に移り住んで、三十余年になりますが、鎌倉には一度も行ったことがありませんでした。最近になってようやく数回ほど鎌倉を訪ね、静かな街並みに惹かれています。ご存知のとおり、東京から電車でわずか50分ほどの地ですが、緑の多い街並みを背景に海が広がり、おなじ海辺にあっても、神戸や横浜とも違った、落ち着いた古都の風情があります。今は、アジサイの美しい頃です。雨の日も、小雨くらいなら、ゆっくりと散策を楽しもうかしら、という気持ちになります。 

 鎌倉は、距離から言えば、「ミラノのペレゴ村」と言ったところでしょうか。地元の野菜、海の幸、豊かな食材を使った様々なジャンルのレストランが、勢を競っています。わくわくするようなワインのセレクションのお店もあり、地元の人はもちろん、観光客をふくめて、食を楽しむ人々で賑わっています。たまには、緑の中を散歩して、ゆっくりと過ごしたいと思っていたので、帰国したらあらためて鎌倉リゾートにゆっくり出かけてみたいと思います。

合田 泰子

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