『ラシーヌ便り』no. 51

2009.11.26  合田泰子

~エルヴェ・ジェスタンから学ぶ~

 11月は海外からの来客が2組あり、普段にもまして大忙しのあいだに、あっけなく過ぎてしまいました。11月22日、十分な準備もないまま、大慌てでオフィスを後にして、今日はエペルネにいます。来客の合間に、「ラシーヌ・ナイト」というささやかなお祭りがあり、またヌーヴォーの解禁日がありました。楽しいことで忙しいのは疲れない、とはいうものの、本当にめまぐるしい一ヶ月でした。

 初めて造ってもらったギィ・ブルトンのヌーヴォーは、2009年という抜群の作柄に恵まれたこともありましたが、さすがに腕達者なギィのことだけあって、ブドウジュースのような単純で表面的なプリムールに終わりませんでした。はからずも、ギィ・ブルトンの才能をあらためて確認することができて、大変喜んでいます。解禁日の夜、多くの方から「素晴らしいヌーヴォーでしたね」とお電話をいただきました。

 初の試みとなった「ラシーヌ・ナイト」は、会場を提供いただいた六本木のワインバー・祥瑞に、あふれるばかりのお客様がお越しいただき、スタッフ一同も消費者の方々と交流できるひと時を楽しみました。私たちがご紹介させていただいているワインを、長年のあいだ丁寧に愛飲していただいている方に出会いますと、本当に感激します。もちろん、私たちもこのような仕事に巡り合えたことを心から喜び、感謝しながら仕事をしています。が、普段お話する機会のない消費者の方々から、さまざまなご意見を聞くことは、大きな励みになります。


 さて、再びシャンパーニュです。ところで、エルヴェ・ジェスタンの名をご存じでしょうか。『ワイナート』2009年1月号/「シャンパーニュの未来図」に、編集主幹の田中克幸さんによって詳しく紹介された、シャンパーニュで活躍する栽培・醸造のエノローグです。この春、エペルネのサロンでお目にかかり、見るからに優しく静かな人柄の奥に潜む、鋭いまなざしに惹かれました。多忙を極めるエルヴェとは、このたびエペルネのレストランで食事をしながら話をすることができました。実際に会うと、経験に裏打ちされ、アイデアにあふれ、深い洞察力のある彼から言葉は途切れることなく、談笑のうちに4時間余りの夕べは、またたく間に過ぎてしまいました。この夜は、彼が長年シェフ・ド・カーヴを務めていたデュヴァル・ルロワの「トレパイユ1998」が幸いオンリストされていたので、ともに味わうことができました。じつはこのシャンパーニュ、ダヴィッド・レクラパールから買い求めたビオディナミによるブドウから、エルヴェが実験的に造ったものです。私はル・テロワールを営んでいたころ、ダヴィッドのシャンパーニュをその第一作から紹介していたので、さまざまな視点からトレパイユ1998を興味深く楽しむことができました。


 エルヴェその人については、『ワイナート』の特集記事から、なにか神秘主義な思考の強い、ある種マジシャンのような人物だと、想像していました。が、現実の彼は、深く考えて大胆な仮説をつくり、実験によって検証しながら独創的なアイデアの実現にひたむきな努力をする人でした。「ドン・ペリニョンの亡くなった9月14日が私の誕生日で、不思議な縁を感じます」と、笑いながら話すエルヴェ。大地の精を結実するブドウをワインに育てる過程は、自然とのメッセージ交換でもあると考える彼は、目に見えない影響力を及ぼす宇宙と世界のパワーを生かしたシャンパーニュ造りを実践しています。ワインがおのずと美しく育つために、醸造過程でさまざまな阻害要因をとり除く工夫を施すエルヴェの方法は、かつてドン・ペリニョンが鋭い感覚と洞察力でシャンパーニュを仕上げていった史実と重なりあいます。

 「世界には、フランスよりブドウ栽培に適した気候に恵まれたところがいくつもある。とすれば、シャンパーニュの生き残る道は、最上のクオリティを造りだす以外にない。なのに、メゾンはラベルやパッケージにばかりお金をかける。実際シャンパーニュは、生産工程そのものに大変コストがかかることを、もっと市場が理解してほしい。‘‘コストにふさわしいビンの中身‘‘を作らなければいけない。そのために、私の魂がここにあるシャンパーニュの地で、勇気ある造り手たちと情熱を共有しながら、仕事をしたいと思っているのです」と、エルヴェ。

 だからこそ、単なるお金儲けのためにコンサルティングを引き受けることはなく、意欲的な造り手との共感に支えられながら、いよいよ大胆なプロジェクトを構想して進めていくのです。その彼が、地質分析の第一人者で、これまた独創的なクロード・ブルギニョンに敬意を払うのは、あまりにも当然のことです。いまや国際的にワイン造りを指導し、提言を続けるエルヴェの生き方に、大げさにいえば、シャンパーニュだけでなく、ワインの未来が大きくかかっている、と実感しました。

 エルヴェとの情熱的な会話をつうじて、そのような予感と未来への確信を、私はひしと感じとることができたのです。このようにエルヴェと話し合うなかで私の心の中に生まれた、感情の共有と生き方への共感をかみしめることから、今回の旅を始めることができるのは、なんという幸せでしょうか。ラシーヌもまた、エルヴェに学びながら、皆さまと共に少しずつ前進を重ねていきたいと願っています。 

合田 泰子

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