《合田泰子のワイン便り》 旅先より ひと言

2007.10  合田泰子

 異常気象が合言葉になっている昨今です。夏疲れがたまって、体調を崩されたりしませんでしたでしょうか?

 ラシーヌでは9月20日、大阪で秋の「大試飲会」を催しました。残暑にもめげず熱心な方々が多数ご来場いただき、お礼申し上げます。さて、その翌日から私はフランス出張。北はアルザスから南はアヴィニョン方面まで、駆け足で移動しております。いまは短い旅の中頃ですが、まず、11月を思わせるような寒さに驚きました。やはり、ここはヨーロッパなのですね。


 アルザスは、すこしご無沙汰をしておりましたが、ピエール・フリックとジェラール・シュレールを訪れました。

 ピエール・フリックは、2年前「ルネッサンス・デ・ザペラシオン」のために来日しました際、ご夫婦で協力しあいながらさまざまな催しに姿を現しましたので、当人をご存じの方も多いはずです。ピエールは常に満足することなく、市場の動きと優れたワインに学ぶ姿勢を失わず、工夫を重ね地味な努力をしつづける真面目な人柄なのですが、意外にユーモアのセンスがあって周りを笑わせたりします。畑の立地が良いことも幸いして努力は実をむすび、ますます優れたワインを生み出していることがわかりました。長年お付き合いいただいているだけに、彼の腕がひときわ成長していることが実感できるのですが、ことに赤ワイン造りにかけては、かつ目すべきものがあります。
 ジェラール・シュレールについては、もう、あらためてご説明するまでもないでしょう。ジェラールは、特に畑つくりとブドウの手入れについて天才的なヴィニュロンです。未だに元気なジェラールから畑を受け継いだ息子ブルーノは、持てる才を醸造に傾け、数々の実験を繰り返し、毎年のように新しいキュヴェを送り出しています。イタリアン・テイストをしかと身につけたブルーノの味覚が生み出すワインに、私は心から共感を覚えるひとりです。いまではブルーノは、アルザスの天才と呼んで差しつかえないでしょう。比べるわけではないのですが、いってみれば、格が違う存在なのです。それだけに各キュヴェの生産量が多くないのを嘆くばかりですが、それでも(というとブルーノには叱られそうですが)日本はブルーノの特別な計らいを受けているのですから、シュレール製ワインのファンの方は、ぜひとも大切にお召し上がりください。

 アルザスから遠路、南はコルナスにまいりました。もちろん、もう一人のティエリーに会うためです。久しぶりに会うティエリー・アルマンのワインは、以前にもまして作風が深みを増した、と断言できます。味わいの各要素についてとやかく言うのが恥ずかしくなるほど圧倒的な存在感を漂わせており、ワインも人物もまさしく神々しい(英語でいう“sublime”)という表現がふさわしいとすら思いました。
 この地でヤン・ロエルに再会し、すぐさま情報交換に移りました。情報がひとり歩きしがちな現代ですが、とかく消費地にとって都合の悪い情報は伝わりにくく、その反対に明らかに事実でないと知れる情報が、まことしやかに蔓延しがちなものです。これに惑わされないためには、日頃から情報を判断できる力を養いつつ、正確で信頼できる情報を入手することでしょう。ずばり、ヤンのような人物からです。


 たとえば、今年のボジョレ・ヌーヴォーについて。ヤンが手がけるヴィヌメンティスのBOJOは、畑が雹とウドンコ病で痛めつけられたため、今年は60%もトリエ(選果)して捨てたため、生産量はごくわずかで、世界中のお客様の注文にも足りないほどとか。全体的にいって、今年のボジョレ・ヌーヴォー(プリムール、ヴィラージュ格とも)は、同じ病害に痛めつけられたため、畑で厳しいトリエをした良心的な生産者のものでないかぎり、ミゼラブルな結果だとか。(一部のクリュ・ボジョレで標高が高い畑では問題がなかったそうですが、これはヌーヴォーとは無縁の話です。)
 ヤンとの会話では、もちろん私は学ぶ一方ですが、ときに特定の造り手やワインについて共通の評価をしていることもわかり、話に興じました。ヤンは凄みを感じさせるほど実力があるだけでなく、言葉の端々からして、利害や打算に走ることのない賢くて誠実なコンサルタントだなあ、とつくづく思います。やはり、ワインの世界でも、最終的に人間の器がものをいうのですね。


 結論めいたものが出てしまったので、旅中の感想はこのくらいにしておきます。

 それでは皆様、ごきげんよう。お元気でお過ごしください。

合田 泰子

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