『ラシーヌ便り』no. 19

2007.2  合田泰子

――エリオ・アルターレ讃歌――

 暖冬とはいえ、さすがに大寒のこの時期、寒さがこたえる毎日です。お変わりありませんでしょうか。2月2日からロワールにまいるため、出発前のあわただしいさなかですが、私の頭のなかはエリオ・アルターレのことでいっぱいです。
 思いがけずエリオ・アルターレ本人が3月初旬に来日するというニュースが届いたのは、正月早々のこと。社員一同、うれしい驚きにひたりながら歓迎の準備を整えています。エリオは温かい人間観と高い志を心に抱きながら、常に前進しつづける稀有な造り手です。その流れのなかで、インシエメに続く新プロジェクト (チンクエ・テッレのBF)につきましては、すでにご承知のことでしょう。そこで今月の「ラシーヌ便り」は、エリオとの越し方を振り返りながら、エリオの人となりとワインについて、私見を述べさせていただきます。

 エリオを初めて訪ねたのは、1995年2月のこと。その後、ワイン市場の変化と成熟にしたがって、日本のイタリアワインの市場も大きく変わってきました。
 私がイタリアワインを本格的にリサーチし始めたのは、ワインビジネスを始めて数年たったころ。ちょうど私なりのフランスワイン発掘が一段落し、マルコ・デ・グラツィアのもとを訪ねた時期に重なります。ミラノに降り立ったのも初めてという有様で、レストラン情報の探り方も慣れていません。とりあえず予習をかねて、エリオのワインが飲めそうなリストランテ、《アイモ・ディ・ナディア》に行きました。バルベラ・ダルバ・ヴィーニャ・ラリジ1988を飲みましたが、残念ながらワインのコンディションが不調ときて、楽しめませんでした。その翌日からは多忙なピエモンテ歴訪の途につき、バローロ・ボーイズの全員を集中的に訪ねました。が、初めてエリオのワインを味わったときの感激が、今なお遠い記憶のなかから、ほとんど瞬時によみがえります。これほど優しく、美しい味わいのワインが他にあるだろうか、と思った印象は変わりません。
 さて、マルク・ディ・グラツィア・セレクションズの多様な面々が、日本で本格的にデビューしてから、10年あまり。日本のジャーナリズムでも、ピエモンテの「伝統派VSバローロ・ボーイズ」といった図式で、様々な議論が繰り返されてきました。が、私にとってなによりも大切なのは、図式ではなくてテイスティングの経験でした。1980年ヴィンテッジ以来、アルターレとサンドローネをはじめとする優品を味わってきて思うことは、バローロ・ボーイズに対する大方の見方が、やや一面的であるということです。なかでも、「モダン・バローロと呼ばれる彼らのワインは長期熟成しない」というテーゼは、間違いであると断言できます。なかでもとりわけ、潜在的なエキスと生まれたときから美しいバランスを備えたエリオのワインは、優雅に熟成を経て、若いうちのみずみずしい果実味たっぷりの味わいから、複雑さとフィネスを備えた優美な姿にと変わってゆきます。
 私のワイン観としていつもお話していることですが、「優れたワインには造り手の人となりが滲み出ており、一本のビンのなかには、さまざまな個性的な味わいとテロワールだけでなく、造り手自身の哲学、へてきた人生とドラマが、生きている」と、考えています。こう思うようになったのも、エリオ・アルターレに接 したことが大きな理由です。 1980年代半ばまで、アルバの丘陵地区には、まだ貧困の記憶が深く残っていました。苦労を重ねて、小さな畑からワインを造り始めたエリオのワイン人生は、80年代末から、世界的な評価を得ることで大きく変わりました。けれども、エリオの生き方は変わることなく、「インシエメ」に書かれているように、「献身と犠牲の精神、ダイナミックかつ賢明な精神、そして賭けと大いなる勇気」に基づいて、歩んできました。「私たちは、順調で幸運な時を過ごしている。人々は私たちのワインを気に入ってくれ、私たちも世界中でワインを販売している。しかし、私たちのルーツを忘れてはいけない。インシエメ協会を通じて、私たちは世界の誰かに救いの手を差し伸べているのです」(エリオ・アルターレの言葉より)。というわけで、エリオの人間味あふれる姿勢が求心力となって、ラ・モッラや近隣地区の醸造家9人が、インシエーメ・プロジェクトを実現し、活動しています。
 インシエメの活動に引き続き、エリオは2004年から彼らのワインBFだけでなく、世界遺産「チンクエ・テッレ」全体でのワイン造りに、深くかかわっています。「30年前、ピエモンテは大変貧しかった。いまや200人を超える造り手が良いワインを造るようになり、ワインのおかげで暮らしが豊かになった。 私の経験を若い人に伝えることが今の私の一番の喜びだ。私は大きな家も、別荘も、車もいらない。人のために役立つこと以上の幸せが、ほかにあるだろうか。 チンクエ・テッレは、人の手が入り、ブドウ栽培が永続して初めて、美しい景観が保全される。そのためには、優れたワインが生まれなければならない。レヴェルの低いお土産品であってはならない。BFが優れたワインを造れば、この地全体のワインが正しく評価され、商品価値が上がれば、ブドウ畑の景観は保全されていくだろう。」
 苦労してきたことを忘れず、今の幸せを他に振り向けていく彼の暖かくて力強い生き方は「ワインを通じて人を幸せにしていく」という理想の実践そのものであり、その人生観を映し出したワインは多くの人々を感動させてくれるのだと思います。
 エリオのワインは、単に最上のバローロに数えられるだけでなく、世界中の優れたワインに伍する存在であることは間違いありません。才能に導かれた高い醸造技術と努力に加えて、深い人間性から生まれる味わい――エキスは濃いが、すべての要素が控えめで、高いレヴェルでバランスがとれ、きわめて優美な味わい ――があるのです。このようなエリオのワインとともに歩める幸せを感謝し、私たち㈱ラシーヌも、ワインとともに一人でも多くの方に喜んでいただけるよう歩みたいと思います。

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