ドイツワイン通信 Vol. 29

アヴァンギャルドとオーセンティック

2014.3    ワインライター 北嶋 裕

 関東甲信越で先日記録的な大雪が降ったことは記憶に新しい。アメリカ西海岸でも昨年末から新年にかけて氷河期が訪れたかのような厳冬だったが、ドイツでは1881年以来5本の指に入るほど暖かい冬だったという。12月から2月にかけての平均気温は平年の0.2℃に対して今年は2.5℃、雪が降った日は10日前後、最低気温が氷点下に達した日も35日ほどに留まり、最高気温が0℃を越えなかったのはたった5日しかなかった。そしてドイツ気象台は去る2月17日、これ以上気温が下がることはないと予報し、冬の終わりを告げた。

 そんな訳で2013年産のアイスヴァインは欠番になることが確定した。1989年以来毎年アイスヴァインの収穫に成功してきたラインガウのロバート・ヴァイル醸造所でも、房を保護してきたネットを外し、葡萄を鳥がついばむにまかせているという。ラインガウのこの冬の最低気温は12月17日の氷点下4.2℃。アイスヴァインの収穫が可能になる氷点下7℃には遠く及ばない。1983年2月16日と23日に1982年産のアイスヴァインが収穫されたという記録もあるが、今年はもはやその見込みもない。1934年以降1974年産に次いで二回目の、アイスヴァインが収穫できなかった暖冬となった訳である。

 もっとも昨年は10月中旬以降の降雨量が多く、よほどアイスヴァインに力を入れている生産者以外は葡萄が痛むのを見越して寒気の到来を待つこと無く収穫を終えている。そして忍耐が報われなかった生産者の中には、それならばとアイスヴァインではなく貴腐ワインとして収穫した所もあった。バーデンのとある醸造所では2月6日にシュペートブルグンダーを収穫、見事210エクスレの果汁約110ℓを得たという。執念の甘口というべきかもしれないが、一般にはアイスヴァインの収穫は時期が早いほど良く、遅いほど品質は劣る。また、アイスヴァインにも葡萄畑のポテンシャルと収穫のクオリティが如実に反映される。

 さて、ドイツの葡萄畑には既に春の気配が漂いつつあるという。この分だと今年は記録的に早い芽吹きを迎えることになるかもしれないが、そうすると今度は遅霜にやられるリスクが高くなる。また開花も早まって長期間にわたり葡萄が熟することが出来るかもしれないが、暖冬で生き延びた害虫や黴、病原菌などが蔓延するかもしれない。いずれにしても、もうすぐ葡萄樹は冬眠から目覚め、剪定された枝の先から滴のしたたり落ちる光景が見られることだろう。

オレンジワインに関する二生産者の見解

 さて、前回はドイツで萌芽の兆しを見せるオレンジワイン(白葡萄で果皮・果肉等と果汁を一緒に発酵させたワイン)についてレポートしたが、その後エンデルレ・モル醸造所とヴァイサー・キュンストラー醸造所からもコメントがあったので以下にご紹介したい。まずはバーデンのエンデルレ&モルの共同経営者、フロリアン・モルの回答である。

 「我々もオレンジワインについての議論や記事はフォローしているし、とても興味深いと思うけど、あと数年もすれば再び意味を失うような一つのトレンドだと考えている。
だからといって、オレンジワインがおしなべてつまらないワインだと言うつもりは毛頭ないよ!
果皮・果肉を果汁に長時間漬け込んだりすることは、我々も白ワインで色々実験しているし、濾過器も通さなかったり、通してもごく軽く留めたり、瓶詰めまで細かい澱と一緒にして人為的介入をせずに熟成させたり(例えばグラウブルグンダーで)するけど、白ワインを果皮や果肉などと一緒に発酵させることはしていない。
白ワイン用葡萄が全てオレンジワインを造るのに向いてる訳ではないと思う。我々の醸造所ではグラウブルグンダーなら出来るかもしれないけれど、今のところ収穫量がとても少ないし、その上オレンジワインは簡単には売れないものだから、まだ試験醸造する余裕がないんだ。
他に亜硫酸無添加醸造も試してはいるけれど、これはワイン商や消費者に販売するのがとても難しい。というのも生産者という立場からは(補足:流通過程での)安定した品質を亜硫酸無添加のワインについて保証することが出来ないから。亜硫酸を添加していないワインは澱、バクテリア、温度、光といった内的・外的要因に反応してしまうので、熟成状態やその時のそれぞれのワインの状態を予測したり推定することがとても難しいんだ!これはワイン商や消費者の大半にとって到底容認出来ないことだし、ましてやそのワインが高価ならばなおさらだよ…。
これからも白ワインはできる限りオーセンティックで自然な醸造をするつもりだ。でもオレンジワインの試験醸造にいつか取り組まないとも限らないけどね!」

ということであった。次にモーゼルのヴァイサー・キュンストラー醸造所のアレクサンドラ・キュンストラーさんのコメントである。

「オレンジワインも亜硫酸無添加ワインも醸造したことはありません。私たちはリースリング・ワインの繊細なフルーツのニュアンスを愛しています。生産しているのもリースリングのワインとゼクトだけです。甘口や高貴な甘口の場合は残糖度が高いですから、亜硫酸は安定化に欠かすことは出来ません。辛口系ならば実験してみることも出来るかもしれませんが、私たちの醸造所は生産量が非常に少ないのです。
辛口の一部は既にどちらかといえば酸化的に醸造していますが、複雑で澄んだ香味と精妙な果実のアロマをあまり損なうことのないようにしています」

とのことであった。ヴァイサー・キュンストラーでは一部は亜硫酸を極力抑えた醸造をしていると聞いていたので質問してみたのだが、目指すスタイルはオーセンティックなモーゼル産リースリングであった。

アヴァンギャルドとオーセンティック

 エンデルレ&モルやヴァイサー・キュンストラーの見解とドイツの大半の生産者の意見は、おそらくおおむね一致しているだろう。オレンジワインや亜硫酸無添加醸造といったアヴァンギャルドな手法は、ドイツのテロワールの表現に新たな視野を提示するものかもしれないが、実験的な手法よりも伝統的な手法を追求する方が、オーセンティックなワイン造りにはより適切だ。仮にその土地のワインを育むもの全体を指してテロワールと呼ぶならば、通常想起される気候・地形・土壌に留まらず、醸造手法を含む風土に根ざした文化や伝統、そこに住む人々のメンタリティや社会構造、歴史をも包括するものと考えることも出来る。つまり、テロワールが反映されたワインとは、栽培・醸造共にその土地に長い年月をかけて浸透・定着した手法により生産されたものであると、ここでは考えてみることにしよう。

 すると例えばコーカサス山脈に近いジョージアの場合には、オレンジワインはアヴァンギャルドではなくオーセンティックなワインである。約8000年間恐らく様々な改良や技術革新を経つつも、地中に埋めたアンフォラで果皮・果肉・果梗・果汁を一緒に発酵するという基本は堅持されてきたからだ(ジョージア西部では搾汁してから発酵するが)。では、ドイツにおけるオーセンティックな醸造手法とは、どのようなものだろうか。

ドイツにおけるオーセンティックなワイン造り

 まず、紀元4世紀頃からモーゼル川沿いに点々と設置されたローマ時代の葡萄圧搾所の遺跡がドイツのワイン造りの原点である。ピースポート村の遺跡を例にとると、圧搾所には三段階の高低差があり、収穫は最上部の土間で足で踏まれた後に一段下にある垂直型圧搾機で搾汁された。そして最下段の流出口から流れ出た果汁は、紀元3世紀頃のワイン船を象った石彫に満載されているような木樽に入れて発酵されたものと思われる。つまり白葡萄を圧搾して果汁のみを木樽で発酵するという基本的な枠組みは、恐らくローマ人がドイツに持ち込み定着させたものだろう。

 さて、現代の生産者が伝統的な醸造手法としているのは19世紀から20世紀前半のものである。第二次世界大戦後の高度成長期に甘口ワインブームが起きて、ワインが農産物から工業製品へと変化する以前の、資産家や有力者が主要な消費者であった当時の醸造手法が、ドイツにおけるオーセンティックなワイン造りの指標である。また、いくつもの文献が具体的なやりかたをつまびらかにしているので、それを真似ることはそれほど困難ではなさそうだ。以前のコラム(ドイツワイン通信Vol. 20)で1867年に出版されたラインガウのワイン造りに関する文献を紹介したので、今回はモーゼルの昔のワイン造りを紹介しよう。

 昔といっても1972年に刊行された本で、トリーア出身のワイン商O. W. LOEBとイギリスのジャーナリストT. PRITTIEによる“Moselle“の記述である。1970年代に化学物質を用いた工業製品としてのワイン造りが浸透していく中で、ファインワインの輸出を手がけていたワイン商としての視点が興味深い。例えば当時行われていた木樽発酵について以下のように述べている。

「発酵前の果汁は伝統的に木樽に入れられる。その木樽はまず完全に清掃され、亜硫酸を浸した紙片を中で燃やしてバクテリアを死滅させる。白ワインは赤ワインよりもデリケートなので病気やバクテリアに脆弱である。そこで一般に亜硫酸は赤よりも白ワインの醸造により多く用いられる。亜硫酸はまた発酵速度をゆるやかにすることにも役立つが、その発酵には木樽の場合通常2~3ヶ月かかる。樽は完全に満杯にされることはなく、発酵で生じる気泡のために空間を残しておく。通常その空隙はモーゼルで伝統的な1000ℓ入りのフーダー樽では約30ℓほどで、500ℓ入りの樽ではその約半分である」(p. 108以下)。

このあたり、ヴァイサー・キュンストラー醸造所が辛口で行っているという酸化的醸造を想起させる。さらに当時普及しつつあった金属製タンクやズュースレゼルヴなどの新しい醸造技術に関連して次の様に述べている。

 「もちろん、ワインの生産全般についても、とりわけ品質に関しては、次々と登場する新しい機材が役立ってきた。(中略)滅菌濾過器で酵母や造酸性バクテリアを分離し、低温滅菌状態で瓶詰めすることも可能になった。華氏167°(訳注:75℃)でワインを低温殺菌して品質に害のあるバクテリアや黴を除去することも可能になったが、これはワインの正常な熟成を妨げるという意見もある。ワインを暖かい状態で瓶詰めすることも出来るし、濾過器の利用で酸っぱくなったり濁ったりすることを確実に防ぐことができる。濾過器にかければ瓶詰めしたワインが再発酵することも防げる。

 しかし最新の醸造技術はワインを向上させる一方で駄目にもしていることは明らかだ。木樽を用いた醸造は極めて多様なワインを造り出す。ワインの品質が高ければ高いほど、一つ一つの樽ごとの違いも大きくなる。より重要で際立った生産者にとって、それこそがワイン造りという仕事の醍醐味であり、オークションで技術的には同様に仕立てられた異なる樽のワインが、非常に大きな価格差で落札されることもある。さらに、多くの生産者は木樽の方がより良く熟成すると今も確信しており、早すぎる瓶詰めは――瓶詰め時期は未だかつて無いほど早まりつつある――それぞれのワイン独特の個性を目立たなくするとも、ワインの寿命を短くするとも言われている」(p. 118)

 これに関連して澱引き作業と瓶詰め前の熟成について補足しておきたい。ロエブによれば澱引き作業はモーゼルではだいたい収穫翌年の1月下旬、3月上旬と4月下旬頃に行われることが多かった。そのタイミングはセラーマスターによって様々だが、瓶詰め前に最低でも3回は澱引きが必要であった。しかし最新式の濾過器で、二回分以上の澱引き作業を省くことが可能になったという。1920年代の文献には澱引きは初年度には3回、二年目以降は年に一回行い、ワインが完全に澄んで暖かくなっても再発酵しない状態になってから瓶詰めを行うべきである、とある。つまり、当時は濾過器の利用がまだ普及していなかったために、数年にわたる樽熟成を行ってワインが完全に安定してから出荷しなければならなかった。これは酸味をはじめとする成分のバランスや香味の完成度にも関係していたはずだ。現在リースリングではクレメンス・ブッシュなどごく一部の生産者の一部の樽で2年以上熟成を行ったものがあるが、ほとんどは収穫翌年の4月から5月、グラン・クリュでも9月上旬、つまり収穫から一年以内にリリースされている。真にオーセンティックなワイン造りを行うなら、必要なだけの時間を樽熟成にかけるべきとは以前から言われていることだが、好奇心旺盛でせっかちな消費者が多くてなかなか実現出来ないという。

アヴァンギャルドな醸造手法の未来

 なんだかとりとめのない話になってしまい申し訳ないが、醸造技術の進歩によりもたらされるメリット(安定した品質と生産性の向上)とデメリット(個性と多様性の喪失)の相克は、21世紀に入った現在、栽培・醸造とマーケティングのグローバリゼーションとともに益々深まっている。そしてオーセンティックなワインの生産には葡萄畑の生態系の回復だけでなく、技術による個性の損失を極力抑えつつ、品質を安定・向上させる技術は取り込んでいく、柔軟さとバランス感覚が必要とされるように思われる。その姿勢がないことには、アヴァンギャルドなワイン造りの入り込む余地もまた無くなってしまいそうだからだ。そしてオレンジワイン、亜硫酸無添加醸造も、今後の展開によっては定着し、伝統の一部となっていく可能性が全くないとは言えない。もっとも現在のドイツワインの醸造手法とはかけ離れた存在であり、それらの極端な醸造手法をとることで個性的なワインは増えるが、爽やかで素直なフルーツ感など失われるものも大きい。だからアヴァンギャルドな醸造手法はテロワールの表現の新たな可能性を提示しつつも、今後数年で幅広く浸透することはないだろう。その程度は何より、その価値を認め受け入れる消費者をどこまで増やすことが出来るかにもよるかもしれない。

(以上)

北嶋 裕 氏 プロフィール:
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」(http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。2010年トリーア大学中世史学科で論文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会員。

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