ドイツワイン通信 Vol. 28

進化するドイツワイン

2014.2    ワインライター 北嶋 裕

 昨年暮れ、2年ぶりにゴー・ミヨのドイツワインガイドを買った。2014年版だ。装丁もレイアウトも少し変わっていたことに戸惑ったが、それ以上に戸惑ったのは、聞いたことのない醸造所が増えていたことだった。もっとも、以前は興味のある醸造所だけ拾い読みしていたので気が付かなかったのかもしれない。それだけではなく、ほんの数年前までは巣立ちの練習をする若鶏のように初々しかった若手醸造家達が、いつのまにか立派な鷹や鷲に成長して大空を舞っているのを目にしたような印象を受けた。数年というのはそれだけの変化を経験するのに十分な時間なのだ。

 ドイツワインは常に進化し続けている。1971年のドイツワイン法で規定された果汁糖度は、21世紀に突入して以来温暖化とともにその意味を失い、辛口によるテロワールの表現へと生産者達の関心事は移行した。健全な収穫とヘクタールあたりの収穫量を抑えることで得られるものが明らかになるとともに、量から質への転換が幅広く浸透していった。同時に有機農法を採用する生産者が増えたのは、野菜や肉など狂牛病や鳥インフルエンザ、穀物や野菜の遺伝子操作など、食の安全性に対する消費者の関心と需要の高まりが背景にある。同時に、テロワールをさらに明瞭に表現する手法として、ビオディナミを採用する生産者も増えた。若干魔術的なニュアンスのある少量のプレパラートと天体の運行を配慮するビオディナミは、ほんの10年位前までは懐疑の対象でしかなかった。しかし今では有機農法と大差なく受け入れられ、個性的で高品質なワインの一種の品質保証となっている観さえある。

ドイツの「オレンジ・ワイン」

 かつては一部の生産者が取り組んでいた実験的な、ある意味勇気ある試みは、その有効性が確認されると模倣され、次第に広まっていく。以前は草の根運動として地道に浸透していったものが、現在はインターネットを通じた情報発信と意見の交換で、その普及速度と到達範囲は以前よりもはるかに早く、広くなっている。昨年12月、ラインガウのアンカーミューレ醸造所Weingut Ankermühleで第一回「オレンジワイン・シンポジウム」が開催された。オレンジワインに関する定義は明確ではないが、基本的には白ワイン用葡萄を赤ワインと同様に醸造したワインである。普通なら白ワインはまず圧搾して果汁を得て、それを発酵する。一方赤ワインは周知の通り、果皮・果肉・果汁を一緒に発酵する。オレンジワインは白ワイン用品種でこれを行う。すると果皮からタンニン、ポリフェノールや香味が抽出されるとともに酸化がすすみ、仕上がったワインは黄色、琥珀色、あるいはオレンジ色を帯びた色合いとなる。これを白、赤、ロゼに次ぐ第四の色として普及定着させようという動きもある。従来のドイツワインの典型的スタイルだった、ステンレスタンクで低温発酵したフレッシュ・アンド・フルーティなワインとは真逆をゆくのがオレンジワインだ。培養酵母や酵素などを使わず、温度調整などもせず、極力手をかけずに自然の成り行きに任せて醸造し、出来るだけ亜硫酸の添加を控える。一方で品質にはばらつきがあり、しかも我々が通常慣れ親しんでいる「普通の」ワインとはかなりスタイルが異なり、時々好ましくないバクテリアの作用による不快臭を伴うことがあるので、賛否両論分かれている。

オレンジワイン・ムーブメントの波及

 最初に断っておかねばならないが、今回のレポートにはラシーヌ(株)が精選した生産者以外も登場する。オレンジワインなどに取り組む生産者とワインを幅広く具体的に紹介することで、現在のドイツワインの一側面をなるべく客観的にわかりやすく伝えたいと考えたからだ。

 さて、オレンジワインのヨーロッパにおける発端は、グラヴナーをはじめとするフリウリの生産者達が造るアンフォラによるワインだ。そしてグラヴナー自身はグルジアで太古から行われ現在も受け継がれている、地中に埋めたアンフォラで醸造したワインに感銘を受け、2001年から採用したことはよく知られている。それが国境を越えてスロヴェニア、クロアチア、オーストリアに伝わり、2005年ゼップ・ムスター、2009年にベルンハルト・オットなどビオディナミの一部生産者がとりいれた。このムーヴメントが今、ドイツにも波及しつつある。

 オレンジワインをテーマにした試飲会は2011年からスロヴェニアのイゾラとオーストリアのウィーンで4月と11月に開催されている。2013年11月にウィーンで開催された「オレンジワイン・フェスティバル」(http://www.orange-wine.net/)はイタリア、スロヴェニア、クロアチア、オーストリア・フランス・ドイツなどから約30の生産者が出展し盛況だったという。同年12月にラインガウで開催された上述の「オレンジワイン・シンポイジウム」(http://orange-wines.com/2013/10/20/1-orange-wines-symposium/)にはラディコン、ラ・カステッラーダ、クライ、ロクサニッチといった定評ある生産者を始め、ドイツから5つの生産者が合計37種類を出展し、この他非公式に何種類か試飲に供された(公式ワインリストはhttp://orange-wines.com/ows/OWS%20Weinliste.pdf)。

 シンポジウムが開催されたアンカーミューレ醸造所自体、2008年に現在のオーナーになってから木樽を用いた醸造に力を入れており、バリック樽で仕立てたリースリングのオレンジワインを二種類リリースしている。同じくラインガウのバルタザール・レス醸造所Weingut Balthasar Ressは2010年にオーナーの世代交代と同時に、ワイン業界で知られたブロガーでもある醸造家ディルク・ヴルツが経営責任者に就任した。
2011 „Blanc de Blanc“ は8日間も果汁に果皮・果肉をつけ込む「マイシェスタンドツァイトMaischestandzeit」を行った後、そのまま発酵して新樽で熟成したという。同じくラインガウのペータ・ヤコブ・キューン醸造所Weingut Peter Jakob Kühnの2011 Kühn Riesling 300m NN „Rutz Rebell“は、海抜300mの位置にある葡萄畑のリースリングを伝統的な容量約600ℓの木樽で約2週間、果皮・果肉・果汁を一緒に発酵し、収穫翌年の夏いっぱい酵母の上で熟成、9月に目の粗いフィルターをかけて瓶詰めしたという。ペーター・ヤコブ・キューンはドイツの生産者の中でもいち早くビオディナミを採用し、2005年にはアンフォラによるリースリングの醸造をはじめた好奇心旺盛な生産者である。もっとも、そのアンフォラはグルジア製ではなくスペイン製で、地中ではなくボトルを貯蔵するコンテナに土をつめてアンフォラの下3分の2を埋め、シリコンシートの上に珪岩のプレートを載せて蓋をしている。
オレンジワインの“Rutz Rebell“は「反逆者ルッツ」の意味で、ベルリンの有名ソムリエ、ビリー・ワグナーが自分の店Rutz Weinbar (http://www.rutz-weinbar.de/)で提供する為に、これは、と思う醸造家に、彼の哲学、葡萄畑、品種の個性を表現したワインを生産させたシリーズの一つだ。

販売者が生産者に託すワインのスタイル

 興味深いことに、販売者から生産者にコンセプトを出して生産するプロジェクト型のワインで、オレンジワインなどノーマルから一歩はみ出した醸造をすることが増えているようだ。一般的ではないスタイルなので市場が限られ、販売リスクが醸造所には高いことを考えれば当然かもしれない。逆に言えば、販売側が生産者に実験の機会を与え、育てているとも言える。例えば南ファルツのビオディナミの生産者、ユルゲン・ライナーWeingut Jürgen Leinerはベルリンの自然派(議論のある言葉だが、ここではビオディナミや亜硫酸を極力抑えたワインを指す)に力を入れているワインショップViniculture (www.viniculture.de) の依頼で2011 „UWAGA!“ Scheurebe trockenを醸造した。„UWAGA!“はポーランド語で「注意!」という意味だそうで、低温状態でマイシェシュタンドツァイトを4, 5日行った後に圧搾してから発酵し、瓶詰め前にほんの少し亜硫酸を添加したという(総亜硫酸量40mg/ℓ)。自然派らしく微発泡した繊細な極辛口に仕上がったが、一回限りのプロジェクトで再生産する予定はないそうだ。

 またニュルンベルクのワインショップK&U Weinhalle (http://www.weinhalle.de/)の依頼で、ラインヘッセンを代表するビオディナミの生産者ヴィットマン醸造所Weingut Wittmannが醸造したのが2011 Silvaner trocken „K&U Edition“だ。収穫の約15%を手作業で果梗から外し、容量約600ℓの伝統的木樽で果汁とともに収穫翌年の6月まで発酵を続け、澱引きして夏の終わりまで熟成した。味わいはオレンジワインほどエキセントリックではなく、果皮から滲出したフェノールが、ジルヴァーナーというラインヘッセンを代表する品種の個性を適度に強調しているという。昔は有力なワインショップが新酒を試飲して、「これは」と思ったものを樽ごと購入して自社のスペシャルエディションとして販売することは時々あったが、現在はそこからさらに一歩進んでいるようだ。

 こうしたオレンジワインをめぐる動きは、これまでとは違った、ある意味特殊なスタイルのワインの市場を拡大するとともに、従来のビオディナミの生産者をさらに進化させつつあるように思われる。例えばファルツのオディンスタール醸造所Weingut Odinstalでは、2011 Riesling „Stufe 1“は約12時間のマイシェスタンドツァイトの後、ヴィットマンと同様に約15%の果実を果梗から外して果汁と一緒に発酵した。しかしオディンスタール醸造所で興味深いのは醸造だけではなく、“Stufe 1“の畑では2008年を最後に剪定を止め、葡萄の枝が伸びるに任せていることだ。「剪定しない栽培自体は、昔からオーストラリアなど色々な国で労働コストを下げて廉価なワインを生産するために行われてきた」と、経営責任者のアンドレアス・シューマンは言う。「しかし私は葡萄樹という、蔓性植物が本来持っている成長力とバランスを生かそうと考えた。実際、ビオディナミの葡萄畑に育つ多様な植物との競合で成長は抑制され、房は枝葉の外側に分散して実り、果粒も小さい。潜在アルコール濃度は低くて香り高い葡萄だ。剪定や整枝をしないことで省けた手間はしかし、房を探しながらの収穫に要する作業で帳消しになってしまう。また果粒が小さいので果皮に含まれるフェノールの割合が高く、果汁と一緒に発酵するとその特徴は一層はっきりと現れる」と言う。“Stufe 1“という名はドイツ語で「第一段階」を意味するように、2011年産でこの実験的栽培醸造の第一段階は終了し、2012年産からは通常のテロワール・シリーズ“Bundsandstein“に採用、剪定を行わない区画も増やした。代わって2012年からは“Silvaner 350 N.N.“シリーズで、亜硫酸無添加とアンフォラ醸造という二つのプロジェクトをスタートさせたそうだ。試験醸造なので小ぶりなアンフォラだが、グルジア式に庭先に埋めてある。その成果が楽しみだ。

マイシェスタンドツァイトと紙一重のオレンジワイン醸造

 オレンジワインの醸造自体は、実は技術的には目新しいものではない。というのも、ドイツワインが辛口でテロワールの表現を目指すようになって以来、果汁に果皮と果肉を漬け込んで香味を引き出すマイシェスタンドツァイトの手法は幅広く行われているからだ。その長さも数時間からラインヘッセンのシェッツェル醸造所Weingut Schätzelの2011 „QuerKopf“ Silvanerのように4週間(!)までと様々だが、マイシェスタンドツァイトの最中に発酵が始まることを防ぐために、ドライアイスや冷蔵室を利用して低温に保つのが一般的だ。オレンジワインの場合は低温状態を維持せずに放置すれば自然に発酵が始まり、やがてオレンジワインとなる。しかしいくつかの生産者の例を見た限りでは、自然の成り行きに任せるというよりは、温度管理してマイシェスタンドツァイトの状態を維持し、投入する果粒の量も加減するという具合に、手を加えることで意図したバランスに仕上げようとするのがドイツ流である。もっとも、オレンジワインは原則として野生酵母により発酵し、発酵補助物質や清澄剤などの化学物質を用いず、発酵を途中で止めずに自然に完了するまで待つという点では、より自然に近い醸造手法ではある。

 もう一つ興味深かったは、上記の生産者の中でオレンジワインを亜硫酸無添加で醸造している生産者はいなかったことだ。「オレンジワインは果皮・果肉を果汁と一緒に発酵したワインのことで、それ以上でもそれ以下でもない」と、バルタザール・レス醸造所のディルク・ヴュルツは断言する。いわゆるヴァン・ナチュールのように、亜硫酸量を添加しないか極力抑制することと、オレンジワインの醸造とは直接の関係はない、と理解されている。

ドイツの亜硫酸無添加ワイン

 それでは亜硫酸無添加の生産者がドイツにはいないかというと、そんなことはない。ドイツワイン通信Vol.21 (2013年7月)でもお伝えしたように、ラインガウのエファ・フリッケとモーゼルのルドルフ・トロッセンがいる。フリッケはラシーヌ(株)の依頼で亜硫酸無添加に挑戦したというから、ソムリエやワインショップがコンセプトを出して生産者が実現化する、ドイツの近年の動向と一致する。トロッセンはそうした依頼は受けていないが、ビオディナミ歴35年という彼の顧客やソムリエ達から亜硫酸無添加ワインに接する機会をもらっているうちにその魅力に目覚め、2010年産からリリースしている。これもまた、生産者と消費者あるいは販売者とのコミュニケーションから生まれたワインと言えるかもしれない。

 そしてもうひとり、モーゼルで亜硫酸無添加のリースリングを生産している生産者がいた。トロッセン醸造所からそれほど離れていないモーゼル中流にあるメルスハイマー醸造所Weingut Melsheimerである。亜硫酸無添加で瓶詰めした2012年産リースリング“Vade Retro“は生産量はわずか300本。2011年産は容量1000ℓのフーダー樽でまだ少し発酵を続けているそうだ。「誰から依頼された訳でも無く、造りかったから造ったんだ」と、1995年にビオに転換し2013年にデメターの認証を取得した、オーナー醸造家のトーステン・メルスハイマーは言う。「自然と向き合いながら働いているうち、いつしか余計なものを全く使わないで醸造したいという欲求が自然に湧いきた。もともと培養酵母や酵素、清澄剤といった化学物質は使っていないけど、それをさらに一歩すすめて、グラヴナーなどが造るようなワインがモーゼルでも出来ないかと考えたんだ」と言う。ワインをやさしく酸化する為に板の厚さが薄めの小樽で醸造し、あとはただ時間をかけて仕上がるのを待った。「必要なだけ時間をかければ、醸造に添加物は何もいらない。必要なのは忍耐だけだ」というのがメルスハイマーの持論である。“Vade Retro“はラテン語で「元に戻れ」の意味で、化学物資の利用が当たり前になっている状態から「原点に回帰せよ」という彼の主張でもある。そうして仕上がったワインは思いの外しっかりとしており、亜硫酸無添加にもかかわらず抜栓後も何日も褐色にならなかったという。メルスハイマーはトロッセンと親交があり、フォレンヴァイダーやヴァイサー・キュンストラーが加盟する醸造団体クリッツクライナーリングのメンバーでもある。「モーゼルの片隅でほんの少し造ったワインなのに、はるか彼方の日本から反応があるとは、こりゃ驚いたね」と私の質問メールに書いていたが、それがインターネット時代というものだ。

 以上、変わりゆくドイツワインの一端をご紹介した。エクスレからテロワールへと進展し、さらに新たな栽培醸造手法が試されているのが現在のドイツワインである。全体から見ればごく限られた一部の生産者達の取り組みではあるが、かつてのビオディナミのように、今後数年でノウハウが普及浸透する可能性もある。今回紹介した以外にもオレンジワインを醸造している生産者はきっといるだろう。また、アンフォラ以外にもコンクリート製卵型タンク(フランケンのアム・シュタイン醸造所Weingut am Stein、同じくライナー・ザウアー醸造所Weingut Rainer Sauer、ヴュルテンベルクのアルディンガー醸造所Weingut Gerhard Aldinger)や、もともと蒸留酒を保存するのに使っていたという100年前につくられた大きな陶製の壺で醸造したり(ファルツのパフマン醸造所Weingut Rolf und Tina Pfaffmann)と、ドイツの生産者達は様々な試みに取り組み、それぞれに高品質で個性的なワインを醸造している。長い伝統だけがドイツというワイン生産国の価値ではない。むしろ伝統を生かしつつ新たなステージへと向かってゆく、積極的な姿勢がドイツの面白さなのである。

(以上)

北嶋 裕 氏 プロフィール:
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」(http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。2010年トリーア大学中世史学科で論文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会員。

▲ページのトップへ

トップ > ライブラリー >ワインライター 北嶋裕のドイツワイン通信 Vol. 28