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社員リレー・エッセイ ⑧入 間 川  篤(業務管理部)

「縁」

 初めての出来事、初めてやった事というのは時間が経ってもなかなか忘れません。それは、想像や妄想していたもの、あるいはしていなかったものが実体験に変わり、その衝撃によって深く記憶に刻み込まれるからではないかと思います。 
 僕が初めて飲んだワインは、小学生からの同級生が持ってきてくれたドメーヌ・レオン・バラルのワインでした。近所のスーパーでは売ってないこのワイン。彼は「家にあった」というそれだけの理由で持ってきてくれました。そのワインがあまりに美味しく『ワインはこんなに美味しいんだ!』と、激しい衝撃を受けました。この初めて飲んだワインの記憶は、今でもしっかり覚えています。そして、そのワインを持ってきた彼こそが、合田さんの息子の玲英くんです。

 僕と玲英くんは小学生からの友達です。

  出会いは覚えていません。ただ小学1年生に知り合い、気づけば毎日遊んでいました。そんな彼がバラルのところにワイン作りの勉強に行く、と言っていたのは今から9年前。僕はその時、理系の大学に通い音楽を学んでいました。現代音楽、電子音響音楽、ノイズ、メディアアート、そして北インド古典音楽。パソコンでプログラム使い、多チャンネルのスピーカーを使った音響音楽の制作、また北インドの伝統的な太鼓タブラを師匠につき修行をしていました。そんな中での玲英くんのフランス行きは、楽しそうでもあり、少し羨ましくもありました。

 そして、玲英くんがフランスに出て何年かたったころ。僕は大学も卒業し、音楽活動を続けているころ。バラルでの収穫も終わり、玲英くんに時間がある時期を見計らい、僕ともう一人の同級生二人で玲英くんの働くドメーヌ・レオン・バラルに遊びに行きました。

  成田国際空港からパリまで12時間、そこから南フランスのモンペリエまで電車で3~4時間、電車を乗り換え、1時間弱ほどでベジエ駅に到着。ここで玲英くんと、ディディエ・バラルさんの奥さんが車で迎えに来てくれました。ベジエ駅からおおよそ1時間ほどで到着したドメーヌ・レオン・バラルは一面ブドウ畑や緑が広がり、集落のように十数軒家がまとまって建っている、日本ではまず目にしない光景でした。大きな山もなく、小さな丘がまばらにあり、ずっと先まで広がる風景。何よりも空の広さに驚きました。山の多い日本ではあまり見る事の出来ない広い空。晴れていて、半袖でちょうどいい、風も気持ちよくふいていました。僕たちは早々に荷物を置き、さっきまでいた道に戻りました。少し朽ちている道路にはガードレールもなく、白い砂利や砂が混じり、どこから道路でどこから側道なのか分からない、そんなところを目的もなくただ歩いていきました。
 滞在中は、ドメーヌ・レオン・バラルのいろいろな側面を見てきました。小山で育てている大きな黒豚。平地で放し飼いの牛。農作業用の大きな車と、車の修理が出来るお兄さん。ディディエさんが自分で作っている大きなセラー。お祖母さんの小さな畑。そして、ブドウ畑。
 ブドウ畑はディディエさんから解説してもらいました。当時の僕はまったくワインの事を知らず、ドメーヌという言葉がどういう意味で、生産者名なのか、ワイン名なのかも知らなかったほどです。その僕が見ても、隣の生産者の畑とはまったく違いました。妥協なく手を加え、当時の玲英くん曰く、こんなに働く生産者はいないというほど、ほとんど休まず畑を、ワインを見ているそうです。
 日本に帰る前日にディディエさんの家に招待してもらい、奥さんの手料理と、ディディエさんのワインを頂き、ゆっくり話をしました。美味しいご飯に、美味しいワイン。はっきりとは覚えていないのですが、ただ楽しかったのを覚えています。

 

 そして、二年前、個人でWebサイト制作もしていた僕に玲英くんからラシーヌのホームページの更新と一部変更を頼まれ、ラシーヌとの縁が繋がりました。そして今、ヴィノテーク10月号の広告でディディエさんと玲英くんの対談があり、それに合わさったように、今僕がエッセイを書くのも何か縁を感じています。

 

 来月は、ホームページの依頼を受けた際にお世話になった、業務管理部の徳茂さん。
 お願いします。


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