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チリ

ルイ=アントワーヌのワインとワイナリーの意義について

 
【図らずも訪れて開眼した新世界、チリ】
Chile, A Brave New World
 2014年12月12日、パリから直行便でチリを訪問しました。じつは、北米やオーストリア、ニュージーランドをふくむ新世界の産地を、これまで訪ずれたことはありませんでした。
 青々としたブドウの葉、古樹の樹勢の強さに圧倒され、たわわに実るサクランボやビワの素晴らしい味わいに驚き、この国の農業のはかりしれない豊かさと可能性を感じました。ここでは、なんでも大きく育ちます。コエルム村で見たオリーヴの樹は、ブドウと同じ頃、すなわち400年ほど前に植えられたそうですが、高さが15メートルを超えていました。クレタ島の樹齢900年と言われるオリーヴも、これほど巨木でありません。それにしても植物の葉が、どれも青々としています。
 ここに来るまでは、「チリまで行くの? 遠くて季節と時差は逆だし、12月で忙しいから、う~ん、厄介だな。フランス人が、マルセル・ラピエールから教えを受け、買いブドウで作っているヴァン・ナチュールなのでしょう?」程度に思っていました。しかし、来なければ、彼のワインの一端すら理解することはできませんでした。点在する畑を、毎日数百キロも移動しながら、栽培する人たちに会い、車中でルイ=アントワ-ヌの話を聞き、書物では語られていないチリの現状を聞くうちに、彼が造るワインの素晴らしさを伝えたいと心から思った出張でした。

【チリの畑の旅、ルイ=アントワーヌとともに】 
Travel with Louis‐Antoine to Vinyards in Chile
サンティアゴから、ひたすら南へ移動する道路際には、巨大企業のワイナリーの広告が延々と続きます。道路際のブドウ畑は1区画1500haと膨大、収穫量はなんと160hl/haとか。石油タンクのように輝いてそびえ立つ容量500hlのステンレスタンクが、何基も目に映ります。チリには、500haクラスのワイナリーが200社もあるということです。このような巨大メーカーが、昔ながらの栽培をやめ、機械化への途に切り替えました。また先祖から受け継いだブドウを耕して生計をたててきた農民たちは、ブドウ栽培をやめ、麦やモミの木の植林に転換しています。それほどまでにブドウの販売価格は安いのです。が、各地に飛び地のように残された硬質なブドウ畑を選びぬいて契約しているのが、ルイ=アントワーヌなのです。
 ピペーニョ・ワイン(農民が自家用に造るワイン。不衛生で低レベルのことが多い) と、ひどい国策(ブドウ畑からの転換と、潅漑や農薬などの奨励)など、われ関せずとばかり、黙々と鋤で耕し続ける栽培農民のありようは、実際に行ってみなければ、わかりません。スペイン人と先住民族を先祖に持つワイン畑の農民たちは、何代にも渡り、同じやり方でブドウを耕してきました。
 ルイ=アントワーヌは、ひたすら車を走らせ、遠くからブドウ畑を見つけては会いに行き、ある時は道に迷って偶然畑を見つけるといった調子で、時間をかけてブドウを買えるような間柄になってきました。彼は車からでも、道で会うどんな人にも丁寧に挨拶をする。大手や協同組合よりブドウ代を高く払うから、ブドウが買えているのではないのです。
 これらの自作農民には後継者がいないので、10年後この国の、斜面に残る畑はどうなるのでしょうか? 「イタリアからも有名な造り手たちが畑を見に来てワインを造ろうとしている。けれど、年に2回くらい来るだけで、ワイン造りが出来るものでもない。農民は、人間関係ができていない人は相手にせず、値段が安くても協同組合に1キロ60ペソで売るほうを選ぶ」と、ルイ=アントワーヌ。
 地震で倒壊した山奥の古い家を修復して住い、車も持たず、街に出ることもなく、自給自足の70年余り暮らしてきた人のブドウが、やっとアントワーヌの手によって素晴らしいワインになることに、これまでとは異質の大切さを感じました。   
 ルイ=アントワーヌは、アッソンブラージュせず、畑ごとにワインを造ります。その畑の仕事に専念している農民の代わりに、アントワーヌがワインを造っているといっても、過言ではありません。当然キュヴェの数は多く、しかも毎年変わるので、インポーターとしてはちょっと面倒ですが、それぞれに大切な意味があります。
 農業とブドウとともに生きてきた人たちにじかに接し、「この人のブドウで造ったワインです」と心から紹介したいと強く思いました。


【ルイ=アントワーヌ、理想的セラーを発見】
Ideal Cellar Discovered
 チリに来て、3日目の朝。ブドウが素晴らしいことはよくわかったけれども、醸造と保管環境については、一抹の不安を拭えないでいました。ルイ=アントワーヌは自前の醸造施設を持っておらず、チヤン村に10年前に建てられた、スイス人ルドルフの醸造施設を借りています。近代的で簡素な構えをした醸造環境は、それなりに十分なのですが、ブドウの真価を発揮させられるほどのセラーではありません。はたしてこれで、ヴァン・ンチュールのさまざまな要求を満たすことができるのでしょうか?
 その日の午後、チヤン村から遠くない、コエレム村にある畑を見に行きました。畑はイタリアでも見たことがないような、美しく広大なフォンド(荘園)の中にありました。大富豪が所有するヴィッラは、300年前に建てられた建物で、時代ごとに手が加えられて、今日の形になりました。幸運なことに、2014年からルイ=アントワーヌは、ここのブドウを買えるようになり、醸造もここでできるようになりました。厚さ2メートルを超える頑丈きわまる壁のおかげで、セラーの中は冷んやりとしています。
 その日は何人もの農民が庭の手入れをしていました。10haの畑は樹齢250年を超え、馬で耕されています。コンクリートタンクは健在で、2014は《ピペーニョ》(パイス種・1リットルビン)をここで醸造しました。
 ルイ=アントワーヌは2006年にワイナリーを興しましたが、かの大地震に見舞われ、一旦は築いたものを失う破目になりました。が、さまざまな労苦や裏切りにもめげず、幸せな出会いの果てに、チリに残る歴史的かつ理想的な醸造環境と縁が出来たのです。異国の地で辛苦のあげく、このセラーと出会ったと知り、祝福の気持ちでいっぱいになりました。乾燥気候のためかセラーに傷みは少なく、大樽や木製発酵槽も使えそう。少しずつ手入れをして活用していくというルイ=アントワーヌの目は、輝いて見えました。このセラーの歴史は、詳しくは聞いていませんが、チリの400年の歴史の中の巨大な富を、目の当たりに感じます。

【旅を終えて】
Thought after Travels
 ワインは不思議な飲み物。どこかの小さな区画で実ったブドウが、人の手で美味しいワインになり、ビン詰めや輸送の手間をへたあげく、飲み手のグラスに注がれる。きちんと輸送されさえすれば、どこにいても、どこかの地で生まれたワインが、大変な距離を離れているにもかかわらず、美味しく目の前に登場してくれる。しかも美しく熟成して、何年後かにまた別の姿を見せてくれる。ビンに詰められたあとも、時空をこえて生き続けるワインは、素敵で不思議な飲み物。

まさか、チリワインを輸入するとは、ついこの間まで考えてもみませんでした。ルイ=アントワーヌのワインは、これまでフランスのサロンで何回もテイスティングしていたので、その素晴らしさをわかったつもりでいました。けれども、テイスティングだけでは絶対にわからない世界が、ルイ=アントワーヌのワインでした。訪問する大切さを、この度ほど感じたことはありません。今度訪問したチリの山奥のブドウ栽培は、たくさんのことを振り返らせてくれました。
 インポーターは、縁あって選んだワインを日本のマーケットに案内するための、黒子役にすぎません。が、インポーターの仕事は、オリジナルの味わいをなるたけ歪めずに届けるだけでなく、大げさにいえば、ワインの背後にある世界をまるごと感じていただくお手伝いをすることでもあります。
 実際のワイン造りに携わらないインポーターには、彼らのような重労働の過酷さは、身に染みて分かることはできませんが、感得することはできます。いろいろな思いとやり方でもって、精いっぱい誠実に仕事をしていることが、ひしと伝わってくるのです。
 ブドウを栽培する農民は、消費地と遠く離れた別世界に生き、孤高を恐れない。そのような栽培家の人生が詰まるブドウを活かそうとしたのが、ルイ=アントワーヌのワインです。ワインには、産地の歴史と個性が息づき、栽培農民の恬淡とした精神のかげりをほのかに残しながら、造り手の感性と勢いをも宿しているはずです。

 ルイ=アントワーヌと二人三脚を組みながら、新たなる楽しみをもたらすワインをお届けし、たくさんの方に喜んでもらいたい。チリが歩みきた400年の時とともに。
                                         2015年1月 合田泰子

   
       
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